2012年10月28日日曜日

自分のKindleライブラリをさらす

Kindleライブラリってどんな感じなのかというご質問を受けたので、自分の画面をさらしておきます。

購入した本、正確には読む権利を購入したブツは一覧で表示され、アカウントが登録されたKindleデバイス、iPad、Android、OSX、WindowsのKindleアプリケーションだと、ブツがダウンロードできます。ただ、ダウンロードできる数は上限があったはずで(たぶん3)、上限を超えた場合は不要になったデバイスや各アプリケーションをdeactivateしなければなりません。


本を読むにもそれなりのITリテラシーが必要になってくるのは釈然としないところではあります。自分はこうやって人柱になるのは大歓迎なのですが、もうちょっと年をとると厳しくなるだろうと思います。

しかし、読みながら気になったところをソーシャルメディアで共有できたりなど、メリットも大きいです。読書会をネット上で行うこともできます。そのような観点から、小説などよりも、参考書系の方がニーズは出てくるでしょう。

Kindleライブラリの統合(Consolidation)

アメリカのAmazonでKindleライブラリを持っている人で、日本のAmazonにライブラリを統合したいという要望は多いと思う。ところがこの「統合(Consolidation)」で失敗するケースが多いようなので、自分の経験をメモがてら記録しておく。

まず、米Amazonのデバイス登録住所を日本にしなければならない。自分は、Kindle2を当時ワシントン駐在の友人に買ってもらっていたのでその住所を使っていた。アカウント本体の住所を日本に変更し、「Manage Kindle」の画面に入ると「Conslidateしますか?」と表示されるかと思っていたのだが、これが表示されない。

これがわかるまで時間がかかったのだが、アカウントの住所とKindleの登録住所は別管理になっているのである。そして、Kindleの住所を日本に切り替えると果たして「Conslidateしますか?」のメッセージが表示された。喜んでクリックしたが…「Unable to consolidate」となってしまう。

米Amazonにサポート依頼のメールは出してみたのだが、時間がかかりそうだと判断し、日Amazonのサポートに問い合わせしてみることにした。


アカウントサービスの最下部の「カスタマーサポートに連絡」をクリックし、上記画面で「電話」を選択。そうすると、電話番号を入力するよう促されるので携帯の番号を入力すると、ほぼその瞬間に電話がかかってくる(これは本当に大した仕組みだと感心するばかり)。

サポート担当者に状況を説明すると、Kindle関連のハードウェアを事前に注文していると、そのKindleアカウント情報が邪魔をして統合がうまくいかないとのこと。そこで、注文したKindle Paper Whiteを一度削除して、米AmazonのWebサイトから再度統合にトライしたのだが、これまたうまくいかない。

気がつくと、日本AmazonのKindleライブラリに注文したことのない英英辞典が一冊表示されている。これは、Kindleデバイス注文者に対する無料プレゼントらしいのだが…どうやら、日本AmazonのKindleライブラリに何か(本またはデバイス)登録されていると、統合できないようなのだ。

最後、オペレータに米Amazonの登録情報(メールアドレスと住所)を口頭で述べて、本人確認した上で、手作業で統合が完了したのである。

結論:統合前には日本AmazonでKindle関連の買い物は一切してはいけない。何か買い物をしてライブラリに情報が入ると、通常のプロセスでは統合は行えないので電話サポートを依頼するのが一番早い。

たぶん、同様の状況は多く発生していると思われるので、Amazonのことだからアルゴリズムを修正してすぐに対応するのではないかと考えている。


2012年10月27日土曜日

納豆太郎

昨日はかなり早い時間に帰宅して子供のお世話というほどでもないが、子供担当を勤めた。寝かせ付けるとき、お話と称して何も考えずに口が動くままに荒唐無稽なストーリーを提供することを常としている。

わけのわからないタイトルで期待を膨らませて、いかに唐突に終わらせるかが腕の見せ所だ。 昨夜は「納豆大好き納豆太郎」というタイトルでお話は始まった。「始めた」ではなく「始まった」というのは、最初の時点ではまったく何も考えていないからである。

納豆太郎が納豆風呂に入って納豆カバンを持って納豆教科書を持って納豆学校で納豆の先生に納豆の授業を受けるということを、真剣かつ丁寧に描写するという感じでお話は進んだ。ついでに納豆音頭というお話の挿入曲を適当に歌ってみたりもした。 そして、納豆体育の納豆徒競走で一位も納豆人間、二位も納豆人間、と話したところで自分で笑いが止まらなくなった。納豆同士の徒競走も相当無意味だが、それに順位を付けるということが本当に馬鹿げているように感じられ、その結果1分程度痙攣するぐらい笑ってしまった(今の時点ではまったくおもしろくない)。 

で、何を言いたいかというと…自分の口から出たストーリーを自分でうけて笑ってしまうという現象はままあるが、あれを一体何と呼ぶのが適切なのか、ということなのである。